戻る

放射性物質と放射能(ベクレルとシーベルト)

§1 そもそも何の話か

 どちらも放射線に関する単位です。ベクレルは、放射線を出す側の話で出てくる言葉ですし、シーベルトは、放射線を受ける側の話で出てくる言葉です。

§2 放射線を出す側の話

 世の中のあらゆる物質は、いろいろな原子から出来上がっています。そして原子は、中心にある原子核と、その周りを回っている電子から出来上がっています。

 原子と原子は化合して分子となり、分子と分子を混ぜ合わせると、分子内での互いの結合相手が変わって、新しい分子が生まれます。

 たとえば、水酸化ナトリウムと塩酸を混ぜると、水酸化ナトリウムはナトリウムと水酸基に分解し、塩酸は、塩素と水素に分解し、次のステップで、ナトリウムと塩素が結合して塩化ナトリウム(=食塩)になり、水酸基と水素が結合して水になります。

 しかし、原子そのものは変化しません。原子が変化しないということは、原子核も変化しません。

 このような化学反応の理屈は、後になってから分かったもので、最初にこの反応が発見されたときは、不思議な現象と思われたでしょうね。


 化学反応の知識がなかった中世のヨーロッパの人々は、いろいろ怪しげな物質を混ぜたり熱したり冷やしたりして、そして最後に「賢者の石」というものを使うことによって、自由に「金(きん)」を作ることが出来るのではないか、と考えました。

 このような考えは錬金術と呼ばれました。しかし、原子は上にかいたように、安定していて、他の原子へと変わることなどあり得ませんでしたので、錬金術師たちの夢はかないませんでした。賢者の石だって、21世紀になって、イギリス・ロンドン大学のハリー・ポッター教授が見つけるまでは、どんなものかも分かりませんでした。

 (あ、この最後の文章って冗談ですよ。)


 しかし、研究が進むと原子核の中には、ほんの数種類の不安定な原子核もあって、時間が経過すると、放射線と呼ばれるものを放出して変化し、別の物質になっていくことが分かりました。この変化は、1段階の変化で終わるものもあれば、何段階もの変化をするものもあり、原子核崩壊と呼ばれます。残念ながら、金になるような原子核崩壊はありません。


 原子核が出す放射線には、いろいろな種類があって、アルファ線(=ヘリウムの原子核)、ベータ線(=電子)、中性子線、ガンマ線(=周波数が高い電磁波)、エックス線(もっと周波数が高い電磁波)などがあり、原子核の種類によって、どんな放射線が出てくるか異なります。


 ここに、ある種類の原子核がいくつかある塊があるとしましょう。

 1秒間にその塊のうちのn個の原子核が崩壊するような場合、この塊の原子核崩壊の強さ(=放射能の強さ)はnベクレルと呼ばれます。


 原子核が1個、崩壊するときに出る放射線の量と種類は、原子核の種類によって異なります。nベクレルの強さの原子核の塊が1秒間に放射する放射線の量は、1ベクレルの場合のn倍になります。

 言い換えれば、nベクレルの原子核崩壊では、1秒間でn個の原子核が崩壊しますから、1個の原子核が出す放射線の量のn倍の放射線が放射されます。

 このように、ベクレルとは、何個の原子核が崩壊するか、ということを言っているだけです。


 ですから、同じnベクレルと言っても、原子核の種類によって、放射線の種類と量は異なります。従って、放射性物質Aはガンマ線を放射し、放射性物質Bは中性子線を放射するとして、両者が共に10ベクレルであったとしても、10ベクレルの放射性物質Aと10ベクレルの放射性物質Bは、放射する放射線という観点から見ると、まったく別物です。

 以上が、放射線を出す側のお話です。


§3 放射線を受ける側の話

 放射線を受ける立場にしてみれば、放射線が出てくる仕組みなどはどうでもよくて、大切なことは、放射線の種類と、それが持っているエネルギーです。

 エネルギーを測る単位はジュールです。皆さんが慣れている食品の熱量(エネルギー)を測る単位はキロカロリーで、キロカロリーとジュールは簡単に換算できます。

 放射性物質Aが放射する放射線が、たとえば、1時間当たり20ジュール(=20J/H)とし、このエネルギーが体重50Kgの人に照射されたとしますと、この人は、1時間当たり、体重1Kg当たり、20÷50、つまり、0.4J/H/Kgの照射を受けたことになります。


 厄介なことに、エネルギーが同じであっても、放射線の種類によって人体に対する影響は異なります。何故、そうなのか、と言いますと、放射線の種類と人体組織との相互作用の状態が異なるからです。

 これは次のように考えれば理解しやすいでしょう。

 たとえば、ベータ線は、人体組織と相互作用をするとき、ひと塊が5ジュールのパンチ(ボクシングのパンチ)で殴ることに相当し、一方、中性子線は、ひと塊が50ジュールのパンチで殴ることに相当するとします。

 そうすると、ベータ線100ジュールのパンチを食らったということは、100÷5=20となって、5ジュールのパンチを20発、受けたことになります。一方、中性子線100ジュールのパンチを食らったということは、100÷50=2となって、50ジュールのパンチを2発、受けたことになります。

 で、1発が5ジュールのパンチなんか、蚊に刺された程度の痛さですから、それを20発、受けたところで、ほとんどダメージを受けません。一方、1発が50ジュールのパンチですと、1発食らっただけでノックアウト寸前となり、これを2発食らうと、もう死んでしまうでしょう。

 このように全体としては同じエネルギーであっても、人体組織とどのようにかかわるかが放射線の種類によって異なりますから、放射線ごとに人体に対する影響力の評価を区別しなければなりません。


 さらに、人体のどの組織に放射線を受けるかによっても評価は異なります。たとえば、同じ強さのパンチでも、腕を打たれた場合、顎を打たれた場合、頭部を打たれた場合など、それぞれ受けるダメージは異なります。


 そこで、人体の組織と放射線の種類を決めた場合の、その組織への影響度を、受けたエネルギー量(単位はJ/Kg/H)に「影響度を表す修正係数」を掛けて計算します。それを線量当量といい、単位はシーベルトとなります。

 線量当量(シーベルト)
   =「修正係数(人体の部位と放射線の種類による)」
     ×「単位時間当たり・単位体重当たりのエネルギー量」(J/Kg/H)


§4 ベクレルとシーベルト

 と言うことで、ベクレルとシーベルと、は全く別の観点から生まれた単位、ということになりました。従って、両者の換算などできません。ただし、原子核を決めてしまうと、ベクレルからシーベルトへの計算が可能になります。


 ついでの知識ですが、ベクレルもシーベルトも人名です。

 科学の世界では、世界共通の呼び方の単位を使った方が便利です。昔は、国によって、単位そのものは同じ内容でしたが、その呼び方が異なっていました。でも、それではとても不便です。それであるときから、共通の呼び方の単位を使おうじゃなにいか、ということになりました。そのとき、どこの国の言葉でも共通に使えるものは何だろうか、と考えた結果、そうだ、人名にしよう、となったのです。

 ベクレルさん(フランス)もシーベルトさん(スウェーデン)も共に放射性物質の研究に貢献した人です。


Henri Becquerel
Rolf Sievert